やみつきジャパン!

若年性パーキンソン病と闘う札幌在住独身サラリーマンのショートショート小説公開ブログです。

芸術バカの俺に『ブリューゲル「バベルの塔」展』と『アルチンボルド展』を熱く語らせてくれ!

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  現在、東京・上野で世界的に有名な絵画が集まっている。2017年4月18日~7月2日まで東京都美術館で開催される『ブリューゲル「バベルの塔」展』と2017年6月20日~9月24日まで国立西洋美術館で開催される『アルチンボルド展』である。東京都美術館と国立西洋美術館は歩いて数分の距離にあるため、6月20日~7月2日の間に東京・上野へ行けば、一日で見ることができるのだ。この千載一遇のチャンスを芸術バカの俺が逃す訳がなく、札幌から前日入りの一泊二日で見に行ってきた。

 ブリューゲル「バベルの塔」展

双眼鏡と図録

 バベルの塔は間近でじっくり鑑賞することはできない。俺は事前にネット情報でそれを知っていたため、双眼鏡を持参して行った。

yutoma233.hatenablog.com

 しかし、双眼鏡で絵を鑑賞していると首が固定されるらしく首が物凄く疲れる。そして、腕も辛い。まあ腕が辛いのは美術館入って正面にあるミュージアムショップで真っ先に図録を買ってしまった自分のせいだ。俺は美術展に行ったら必ず図録を買うことにしている。そのため図録が売り切れたら困ると思い焦って買ってしまったのだが、バベルの塔展の最後のスペースに専用グッズ売り場が設けてあり、図録はそこでも売っていたのだ。これからバベルの塔展を見に行く人は同じ過ちをしないよう気をつけてほしい。

 ちなみに、図録は意外と人気がないらしく買っている人を見なかった。俺は家に帰ってすぐに図録を開いたのだが、この図録には原寸大のポスターが付属している。

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(サイズ感をつかみやすくするため真ん中に30cm定規を置いてみました。)

 現物と違い表面の質感や光の当たり方による見え方の変化は楽しめないが、バベルの緻密さはこのポスターで十分楽しめる。図録はハードカバーで高級感があるためかなりお買い得である。また絵画の写真も大きくて見やすい。図録コレクターとしては、これほど完成度の高いものを見たのは久しぶりだ。これを買わずに美術館を後にした人は本当にもったいない。

 【6/25追記】図録は朝日新聞SHOP の通販で買えるみたいです。みどりの小野 (id:yutoma233)さん、情報ありがとうございます!送料はかかりますが5,000円以上購入で無料になりますので、買い忘れた人はここで購入することをおすすめします!

 

ヒエロニムス・ボス『放浪者(行商人)』

 さて、メインの『バベルの塔』の感想について語る前に、まず他の作品の感想を語ることにしよう。今回の『バベルの塔展』には、他にも目玉となる展示がある。それが初来日であるヒエロニムス・ボスの『放浪者(行商人)』と『聖クリストフォロス』だ。その中で俺が語りたいのが『放浪者(行商人)』である。まずは下の画像をよく見てもらいたい。f:id:sechsmerquise:20170624095214j:plain

ヒエロニムス・ボス『放浪者(行商人)』1500年頃 ボイマンス美術館蔵

  一見すると貧乏そうな男が描かれているだけの作品である。しかし、この作品について知れば知るほど深いテーマが込められていることを知ることになる。左奥の小屋には、屋根に飾られた棒に刺したジョッキに鳩小屋と白鳥の看板。これは娼家を表す象徴である。そして、この行商人は一般男性の象徴であり、この作品を円形に切り取ったのは、鏡に見立てるためである。つまり、この作品を円形にしたのは誰なのか不明らしいのだが、この作品を円形にした者は作品を通して鑑賞している男性に対し、ある問いかけをしているのだ。

 娼家の中で抱き合う男と娼婦、横で立ちションする男、娼家もしくは娼婦を気にする貧乏そうな男。色々な解釈ができるものの、一つ確かなのは男は女に弱く、女で失敗する生き物だということだろう。それこそがこの作品のからのメッセージなのだ。たった一人の女で男は地位も名誉も失うことがある。いつの時代もこれだけは変わらない。モテない俺ですら身につまされるものがあった。

「全ての女性は美しく甘美である。甘党な私にとって、この世界ほど残酷なものはない。」

 昔、俺がよく読んでいたブロガーさんが言っていた名言っぽい迷言である。彼がこの作品に出会っていれば、お亡くなりになることもなかっただろう。まあ彼の場合は自業自得であるが、分かりやすいほど女で失敗した例だった。俺にとってもいい教訓である。

 同じくこの絵も男にとって良い教訓になる。パートナーのいる女性たちはこの絵をパートナーに見せて釘を刺しておくのもいいのではないか?

ピーテル・ブリューゲル1世『バベルの塔』

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ピーテル・ブリューゲル1世『バベルの塔』 1568年頃 ボイマンス美術館蔵

  メインの『バベルの塔』。24年ぶりの来日とのこともあって、間近(と言ってもほとんど双眼鏡越しだったが)で見られたことにとても興奮した。『バベルの塔』は原寸大で見なければその真価を味わえない作品である。この作品の見どころは、バベルの塔という空想の題材に、ピーテル・ブリューゲル1世がリアリティーを吹き込んだことである。

 塔はレンガで作られているという設定のため、上部のレンガは真新しい赤色だが、下部のレンガは年月を経て色あせている。これにより、この塔が長い年月をかけて作られていることが分かる。また、右下の船は遠くから資材を運ぶためのものや塔にはクレーンもあり、実際にバベルの塔を作っている作業風景を描いたように感じるほどリアルな設定が盛り込まれている。元々バベルの塔には、人類が神に近づこうとして塔を作るが、神の怒りに触れ塔は崩されるというストーリーがある。この作品は、その塔が崩される前を描いたものであるが、そこにもまたストーリーがある。この作品は止まっているが動いているのだ。

 人が神に挑戦することを奢りだと笑うか、勇気とを称えるか。今の世の中、結果が全てと評価されやすいが、失敗も含めその過程にこそ価値があるのではないか?人は過ちを犯す生き物であり、それを許すことができるのも人である。一度も過ちを犯さずにあっさり成功した人よりも、失敗だらけでやっと成功した人の方が深みがあって魅力的である。バベルの塔は完成する前に崩される。しかし、それまでの過程、つまりこの作成中のバベルの塔こそが『無謀な挑戦』そのものなのである。

 この『バベルの塔』を人の傲慢ではなく、夢に向かって努力し協力する象徴だと感じた。この世界には、政治でも、会社でも、ブログでも、足の引っ張り合いをする人が多い。同じ協力なら、このバベルの塔に描かれた人々のように、何かを作り上げるという生産的なことの方が素晴らしい。しかし、残念なことに、世の中、否定ばかりする人が多い。俺はこれからも相手を尊重し、受け入れ、協力することができる人でありたい。

 

アルチンボルド展 

寄せ絵

 ジュゼッペ・アルチンボルドといえば連作『四季』と連作『四大元素』の寄せ絵である。初めてジュゼッペ・アルチンボルドを知ったのは美術の教科書であった。ジュゼッペ・アルチンボルドの動植物で構成された寄せ絵の奇抜さに魅了され、芸術に興味を持つようになり、騙し絵で有名なマウリッツ・エッシャーや奇妙な作品で有名なサルバドール・ダリを知り、さらに芸術に興味を持つようになった。俺にとってジュゼッペ・アルチンボルドは芸術の世界に入るきっかけとなった思いれのある作品なのだ。 

連作『四季』

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ジュゼッペ・アルチンボルド『春』 1563年頃 マドリード、王立サン・フェルナンド美術アカデミー美術館蔵

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ジュゼッペ・アルチンボルド『夏』 1572年頃 デンヴァー美術館蔵

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 ジュゼッペ・アルチンボルド『秋』 1572年頃 デンヴァー美術館蔵

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 ジュゼッペ・アルチンボルド『冬』 1563年頃 ウィーン美術史美術館蔵

 連作『四季』は王立サン・フェルナンド美術アカデミー美術館、デンヴァー美術館、ウィーン美術史博物館と連作ながらそれぞれ別の美術館が所蔵されいる。そのため、『春』、『夏』、『秋』、『冬』の4点がそろうことも稀であり、それら全てそろって来日するのも初めてである。俺が生きている間には、二度とこのような貴重な瞬間に出会うことはないと考えただけでゾクゾクし、実物を目の当たりした時、俺は『2月の女神たちのデュエット』以来の感動を覚えた。

 作品個々の季節をテーマにパズルのように組み上げた作品の完成度の高さにただただ驚くばかりである。 そして、何よりも凄いのはこの植物で組み立てられた人間たちが自然なことだ。あり得ないことなのだが、こういう人間というか生物が実在するような説得力がこれらの作品にあり、ファンタジー映画の住人として出てきてもおかしくないほどのキャラの完成度がある。

 今の時代ならこのようなファンタジーな作品は簡単に思いつきやすいが、500年以上前と考えると、その発想力はまさに天才である。人々が長年、彼の作品に魅了される理由が分かる。

 芸術の旅を終えて

  一日でこれだけの名作を見てまわるのは、とても疲れる。視覚から入る絵としての表面的な情報とそれら作品を補う解説という内面的な情報を次々に同時並行的に処理することがこれほど脳を疲れさせるとは思わなかった。1日1展示が丁度よいのかもしれない。今日は頭も疲れたが足も疲れた。歩いた距離は短いが、立ち続けた時間が長かったため、結局、上野駅近くのマッサージ屋で足のマッサージを受けることになってしまった。飛行機内で寝たとはいえ、今も眠たく、半分寝ながらこれを書いている。今日の感動、興奮を文字に起こしておきたいという俺の気持ちが少しでも伝われば嬉しい限りだ。

 

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