やみつきジャパン!

若年性パーキンソン病と闘う札幌在住独身サラリーマンのショートショート小説公開ブログです。

クリスマスの夜に彼女と赤いマフラーを

f:id:sechsmerquise:20170613205458j:plain(イラスト:anonymous)

 昨日はクリスマスだった。生まれて初めてクリスマスにもらった手編みのマフラーは白だった。しかし、今、俺の首に巻かれているマフラーはなぜだか赤い。生まれて初めてできた彼女は若くてかわいい。そして、俺の目の前で微笑んでいる。最悪のクリスマスだ…… 。

 

  三田澄雄(みたすみお)30歳。独身。サラリーマン。年齢=彼女いない歴。クリスマスの夜、仕事が終わってもクリスマスデートをする相手がいない寂しい男である。今年もコンビニで焼き肉弁当とビールと缶つまを数点買って自宅に帰ることになる。一人暮らしの男の食卓に色鮮やかな野菜が並ぶことはない。並ぶのは酒と肉のみ。一人で酒池肉林を楽しむだけである。ビール片手にコレクションしてある映画の中から、トム・ハンクス主演の『ビッグ』見る。大人になることを夢見た少年が、突然35歳の大人に変身して、恋や仕事を経験して大人の大変さを知る。大人になっても何一ついいことがない。子供の頃に見たこの映画で、大人になれば恋人ができると思っていたことを思い出す。それが独身男・三田の毎年恒例のクリスマスの過ごし方である。 

 世間がクリスマスで騒いでいる中、三田の会社は休まず営業中だ。もちろん定時まで仕事をしなければならない。それが非常に辛い。三田の職場には若い女性が多い。クリスマスということもあってか、女性たちの唇がいつも以上に赤い。メイクだけでなく髪形もバッチリ決めてきている。間違いなく、仕事帰りにデートだ。それもクリスマスデート。個室に数時間籠るのは間違いない。 

 三田のような独身男にとって、メイクをバッチリ決めた女性たちに囲まれて仕事することは、精神的に辛い。彼女たちには男がいて、夜は色々お楽しみになるのだろう。それを考えると辛くなる。職場には既婚女性もいるし、女性上司もいる。しかし、彼女たちも今日は早く家に帰って、家族でクリスマスパーティーを楽しむらしい。

 「三田君、今日の夜、空いてる?」

 定時の1時間前、細身のスーツが似合う足の長い姉川課長が三田のそばに寄ってきて、顔を近づけ耳元で甘くセクシーな声でささやく。 

 三田は少し驚きながらも、恐る恐る答える。

「今日ですか? 空いていますが……」

「今夜は返さないぞ♡」

「かわいく言われても困ります。それって、残業ということですよね?」

「女の子は、みんな今日定時で上がるそうなんだけど、さっき急ぎの仕事が入ってね。お願いできる?」

 そう言うと姉川課長は、満面の笑みで三田に書類の束を渡す。 

 定時で急ぐように会社を出て行く女性たちを横目に三田は黙って残業に手をつける。会社の女性が全員帰り、三田と姉川課長だけが社内に残る。お互い無言のため、静まり返った社内にキーボードを叩く音と、書類に線を引く音だけが響く。 

 定時から数時間後、姉川課長が三田の顔の前にポッキーの箱を差し出す。

「お腹減ったでしょ? ポッキー食べる?」

「ありがとうございます。1本もらいます」

「遠慮しないでよ。半分持ってきなよ」 

 三田は半分抜き取って、バリバリと一気に食べる。

「食べ方が豪快だね。いかにも男という感じ」

「そうですか? 大雑把なだけです」

「三田君の名字、サンタって読めるよね?」

「読めますよね。俺、高校の時のあだ名はサンタだったんですよ?毎年、プレゼントを贈る相手のいないサンタだと笑われていましたけど」

「そうなの? へぇー。でも、今年は贈る相手ができるかもよ?」

 姉川課長は三田に話かけながら、自分のデスクに戻り、引き出しから何かを取り出し始めた。 

「課長、何時だと思っているんですか? 午後9時ですよ。クリスマスも後3時間で終わりです。奇跡が起きないか限り、後3時間で彼女は作れませんよ」

「これ、なーんだ?」 

 三田の目の前に差し出された姉川課長の手には赤い包装紙で包まれた小さな箱があった。

「えっ、プレゼントですか? 俺に?」

「開けてみて」 

 三田が箱を開けると、箱の中には、真っ赤な女性ものの下着がキレイに納められていた。

「下着? これ、女性ものの下着ですよ! 俺、女装の趣味ないですよ!」

「鈍感だな。三田君は仕事ができるのに、そういうの疎いよね?」

 きょとんとする三田。 

 三田の持つセクシーランジェリーを取り上げる姉川課長。

「これは、あなたが私に着せるのよ。私のサンタさん♡」

「あっ、これセクハラですよね?」

「そうだね、君が私を嫌いならセクハラだね。私のこと嫌いかな?」

「課長、いえ、姉川さん。俺のトナカイになってくれますか?」

「サンタさんには逆らえないわね。命令とあらば朝まで私に乗り放題よ! だって、今日の私はト・ナ・カ・イ・さん、だから!」

「分かりました。トナカイさん。俺から一つお願いがあります」

「何かな? 今日はクリスマスだから、何でも君の言うこと聞いちゃうぞ♡」

「俺、男は愛せないんで、今日のことは聞かなかったことにして帰らせていただきます」 

 三田は書類の束を整えて課長のデスクに上げ、逃げるように会社を後にした。これで社内に残る男は姉川課長一人となった。 広い社内に赤い下着を持つサラリーマンが一人残される。

 

 三田は家の近くのコンビニで漫画雑誌とビール、売り切れていた焼き肉弁当の代わりに少し高めのカップラーメンをカゴにいれて、レジ前に立つ。20代らしい女性店員が次々と商品を手に取りバーコードを読み込んでいく。そのバーコードリーダーを持つ手は、白く、小さく、かわいらしくて、孤独な三田を虜にした。 

「2,202円です」 

 三田は我に返って、財布から千円札2枚と五百円玉1枚を取り出す。この時点で、初めてコンビニの女性店員の顔を見たのだが、顔もかわいい。クリスマスの今日、誘われるのなら、男性上司ではなく、彼女みたいなかわいい女の子が良かった。いつも会社帰りに、このコンビニで買い物をしていたが、こんなにかわいい女の子がいたことに三田は気付いていなかった。 

 コンビニの女性店員は、三田の右手を左手で下からしっかり支え、右手でかぶせるようにお釣りを渡す。三田は少し驚いた。このコンビにでは、こんなにしっかりお釣りを渡してくれる人はいなかったからだ。かわいい女性の手に触れられただけで三田は舞い上がっていた。

「私、シフト午後10時までなんで、後少しでバイト終わります。よければ少しお話できませんか?」

  余韻に浸る三田に思いがけない言葉をかけられた。

「えっ、俺ですか?」

「ごめんなさい。いきなりこんなこと言われても困りますよね。三田さん、格好いいし彼女いるに決まっていますよね」

「いえ、彼女はいませんが……」

「本当ですか!あの、私、三田さんのこと、いつも見ていて、いいなあと思っていて、できれば、お話ししたいなと思っていて、あの、これからダメですか?私、好みのタイプじゃないですか?あっ、私、何言ってんだろう。いきなり困りますよね。あの、あの……」

「俺で良ければ! コンビニの前に止めてあるあの黒い車が俺のなんで、車で待っています」

「ありがとうございます!私、音無梨花(おとなしりか)と言います。仕事終わったら、すぐに行くので待っていてくださいね!」 

 白い箱を持って、三田の車に乗り込んでくる音無。

「失礼します! お待たせしました」

「そういえば、さっき俺の名前を呼んでいたけど、何で俺の名前知っていたの?」

「この前、取り寄せ商品の代金をここで支払った時に名前を覚えました」

「もしかして、その時から、俺のことを?」

「恥ずかしいんですけど、半月前からです。キャっ、言っちゃった。恥ずかしい」

 両手で顔を隠す音無。 

「ここで話すのもなんだから、スタバでも行く?」

「私の部屋で飲みませんか?」

「えっ? 音無さんの部屋?」 

「ダメですか? 私、クリスマスの準備してあるんです。ケーキもあります。うちの店のあまりですけどね」

 三田は浮かれながら音無に案内されるまま車を走らせて、音無の自宅マンションに向かう。音無の部屋に上がり、廊下を抜けると大きなリビングと大型テレビが目に付く。荷物を床に置き、上着を脱いで席に着くと、手際よく音無がクリスマス用のディナーを次々と食卓に並べていく。

「もしかして、音無さん一人暮らし?」

「はい」

「コンビニのバイトでこんな立派なマンション借りられるもんなの?」

「このマンションは父がオーナーなんです。私はただで借りています」

「そうなんだ」

「そんなことよりも、クリスマスを楽しみましょうよ。ワイン飲めます?」

「はい。アルコールはなんでも行けます!」 

 三田は音無が出してくれたワインを一口だけ飲む。アルコールに強い三田だが、なぜだか一口飲んだだけで、すぐに物凄い眠気に襲われた。そして、三田は倒れ込んでしまう。

 三田が目を覚ますと、別の部屋に移動させられていた。いつの間にか椅子に座らされ縛り付けらている。部屋一面には、三田の写真が大量に貼られている。三田は睡眠薬をもられたのだ。かわいい顔した音無は実はストーカーだったのだ。 

「音無さん、これは?」

「ええ? 分かんないですか? 今日から三田さんは私の彼氏になるんですよ? 嬉しいでしょ? 幸せでしょ?」

「とりあえず、これほどいてくれないかな? これじゃあ、動けないよ?」

「いいんですよ。私が全部、面倒みますから。三田さんは何もしないでいいんですよ?」

「それは嬉しいんだけど、俺、おしっこに行きたいんで」

「大丈夫ですよ。私がいますんで」

「尿瓶とかはちょっと……」

「そんなもの使いませんよ。病院じゃないんだから」

「良かった。それじゃあ、これほどいてくれるんだね?」

「やだ~、三田さん冗談ばっかり!」 

 音無は三田のズボンのチャックを下げて、縮こまった男性の象徴をつかんで、自らの口の前に向ける。

「全部、私が飲み干しますんで、遠慮なく!」 

 三田の背筋に寒気が走る。 

「どうしたんですか? 早く出してくださいよ。顎が疲れるんですけど?」

「ごめん、嘘言った。今はおしっこしたくないんだ」

「ふざけるんじゃねーよ! 私に嘘ついていいと思ってんのか? これだけ私が愛しているのに、分からないのか!」

 音無から笑顔が消え、鬼のような形相と言葉遣いに変わる。それを見た三田の顔から血の気が引く。 

「ご、ごめん、言い方が悪かった。かわいい女の子に恥ずかしい部分を見られて緊張してしまったんだ」 

 鬼のような形相が、満面の笑みに変わる。

「な~んだ。もう、やめてくださいよ。危うく殺しちゃうところでしたよ」 

 三田の脇から冷や汗が流れ落ちて脇腹を伝う。喉も渇く。 

「今日はクリスマスだから、ちゃんとプレゼント用意しているんですよ! ちょっと待ってて下さいね!」

 プレゼントを取りに別室へと行く音無。 

「じゃじゃーん! なんと手作りマフラーです! 嬉しいでしょ? 色も三田さんの好きな白ですよ?」

「俺、白好きじゃないんだけど……」

「てめえ、ふざけんなよ! 前に好きなパンツの色は白とか言ってたろーが!」

「それは下着の話であって……俺が好きな色は赤なんだけど。っていうか、もしかして盗聴もしているの?」

「当たり前だろ? それより、どうすんだよ。この白いマフラー!」

「白いマフラーも好きだよ?」

「気休めはいらねーんだよ! そうだ。染めよう! 三田さんの好きな赤に染めよう!」 

 台所に何かを取りに行った音無。戻ってきた音無の手には包丁がしっかり握られていた。音無は白いマフラーを三田の首にかける。

「三田さん。この白いマフラーを二人で完成させようね!」

「まさか、その包丁で……」

「初めての共同作業だね!私が編んだマフラーを三田さんの血で真っ赤に染めるの♡」 

 12月26日、未明。俺の首には血で染まったマフラーが巻かれている。目の前の音無さんは、幸せそうな顔で俺を見つめている。初めてできた彼女は束縛するのが好きな女性みたいだ。もうダメだ意識が遠のいていく。 

「大丈夫? 助けに来たわよ?」

 薄れゆく意識の中、目に映ったのは全裸に女性下着をつけて黒いコートを羽織った姉川課長だった。 

「どうしてここが?」

「三田君のことを心配してスーツに発信機を忍ばせておいたのよ?」 

 どいつもこいつも、俺のまわりにはストーカーしかいないのかよ。

 

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