やみつきジャパン!

若年性パーキンソン病と闘う札幌在住独身サラリーマンのショートショート小説公開ブログです。

冬の蝉

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 仕事の依頼はいつも親戚の誰かからだ。内容はいつも決まって同じ、心霊現象について助けてほしいというものだった。

 俺は普段、平凡なサラリーマンをやっている。しかし、年に数回だが、陰陽師(おんみょうじ)を名乗っている。俺の一族は北海道に移り住んだ時、異質なものを持ち込んだ。それが陰陽道(おんみょうどう)だった。陰陽師といっても由緒あるものではなく、民間信仰として広まったものを代々引き継いできたものだ。

 世の中に存在する霊能力者を生業とする人の99.9%偽物だ。お坊さんも神主さんも霊能力なんて持っていない。彼らが行う儀式はその宗教で代々伝えられているものではあるが、実際には形だけで、何の効力もない。そして、心霊現象と言われるものの多くが、気のせいや、人間の脳が見せる幻だ。それでも、依頼者はその形だけの儀式を望む。たとえ、俺が手を払うだけで除霊できたとしても、それでは納得してもらえない。人は目に見えないものを欲しがり、恐れる。そして、目に見えるもの、触れられるものに安心を得る。俺からすれば、幽霊よりも人間の方がやっかいだ。

 12月に入ったばかりの頃、大学受験を控えている娘さんを持つご両親から心霊現象に困っているから助けてほしいとの依頼を受けた。冬だというのに娘さんは蝉の声が聞こえて気分が悪くなるという。それも『エゾゼミ』の鳴き声なのだそうだ。仕事を紹介してくれた親戚の叔母さんの顔を立てるため、俺は休日なのに依頼人の家を訪ねた。案内されたマンションのリビングはモデルハウスのように綺麗で生活感のない部屋だった。ソファーから台所の方を見ても生活感がなく、普通の家庭のようなゴチャゴチャ感もなかった。スッキリとした部屋には、不釣り合いなほど、写真立てが部屋中に飾られていた。写真は全て娘さんだった。

 娘さんは自室で勉強中とのことだったので、とりあえず両親に話を聞くことにした。父親も母親も子煩悩らしく、俺が娘さんの症状を聞いているにも関わらず、娘さんがどこの大学を受験するとか、学校の成績、この前の模試の成績がどうだったとか学力自慢ばかりだった。やっと聞き出した娘さんの症状は、蝉の声が聞こえると気分が悪くなって、立っていられなくなるというものだった。俺には原因が分かった気がした。念のため、式神である『琴姫(ことひめ)』に部屋中隅々まで何か変なところがないか探してもらったが、霊的なものは何も見つけられなかった。そもそも、俺がマンションの前に立った時点で何も感じなかったし、玄関を開けてもらって入った時も何も感じなかった。強いて言えば、玄関用の芳香剤の匂いがきついなと思ったぐらいだ。

 両親に聞いても意味がないと思ったので、娘さんを呼んでもらうことにした。「娘さんに会わせて下さい」と言った時、俺はドキドキした。実家に逃げられた旦那のようなセリフだと思ったからだ。そして、娘さんがリビングに来るまでの間に何気なく目に入った時計で今がお昼少し前だと気づいた。俺の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。「昼飯は出してもらえるのだろうか?」と、今回の一件を片づけても俺は菓子折り一個しかもらえない。交通費も支給されない。

 だからこそ、お昼ぐらいはごちそうになりたい。できれば出前寿司を食べさせてもらいたい。そんなことを考えていると、リビングに娘さんが来た。これといって特徴のない普通の女の子という感じで、とても勉強ができるような感じには見えなかった。ただ気になったのは、元気がなく若さを感じられなかった。やつれているというわけではなかったが、顔の表情も暗く、話していても目も合わせようとしなかった。誰がどう見ても心霊現象ではなく、受験のストレスだった。娘さんに蝉の声が聞こえる状況などを聞いても、話の途中で母親が話に割って入ってくる。そのたびに、娘さんは口を閉ざす。そして、父親がそんな母親を叱る。そして、それに母親がキレる。

 そんな中、娘さんが「蝉の声」が聞こえると言い出した。

 俺は念のため、『琴姫』にも確認したが、俺も『琴姫』もその娘さんからは霊的なものを感じられなかった。ただ、『琴姫』が「目がまわっている」と後ろから俺に告げてきた。『琴姫』は口数が少なく、俺はいまだに『琴姫』と意思疎通が取れていない。毎回、『琴姫』のメッセージからあれこれ連想しなければならないのだが、今回のはかなり意味が分からなかった。蝉の声と目が回るが結びつかないからだ。俺が悩んでいると、顔の右横からすらっとした細く白い『琴姫』の右手が伸びてきた。毎度のことなのだが、急に伸び出してくるあの手は怖い。分かっていても怖い。式神の手に驚く陰陽師は俺ぐらいだろう。『琴姫』の手は娘さんの顔を指していた。取りあえず娘さんに近づき、顔をよく観察することにした。よく見れば、結構かわいい顔だった。「結構、タイプかも……」と思った瞬間、『琴姫』に頭を叩かれた。俺の式神は主人にツッコミをいれるみたいだ。そして、『琴姫』の指は娘さんの目を指しながら、ぐるぐると指を回していた。目の辺りをよく見ると、まぶた越しでもわかるぐらい目が回っていた。蝉の声のような耳鳴りとまわる目。俺はある病気を思い出し、スマホで病気について調べた。その結果、娘さんは『メニエール病』だと分かった。

 俺は娘さんと二人っきりにしてもらい。娘さんから直接事情を聴いた。その結果、受験のストレスだけではなく、両親の娘さんへの過度な期待と両親の不仲が原因だと分かった。娘さんにメニエール病の可能性があるので耳鼻科に行くようすすめたが、病気の原因について両親が喧嘩する可能性があるから話さないでほしいと懇願された。

 両親には、「除霊を終えたが娘さんは後遺症で疲れている。しばらくは勉強から遠ざけるべきだ」と伝えた。もちろん、両親は俺の言うことを聞かないみたいだったので、両親には「心霊現象の正体は蝉を取ろうとして死んだ子供の霊であり。その子供は両親がいなく、子供想いのあなた方をねたんでいる。娘さんとは少し距離を置かないと、蝉の声は止まらない」と伝えた。とっさの嘘だったので、かなり無理がある設定だったのだが、両親は納得してくれた。しかし、実際にはストレスの原因が解消したわけでもなく、『メニエール病』も治ったわけではなかった。俺は娘さんとメールアドレスを交換し、娘さんの悩みを聞いてあげることにした。しかし、娘さんとのメールは数回で終わった。なんでも同じ塾の男の子と仲良くなり、それからは同じ大学に行くために一生懸命勉強することにしたらしい。恋の力は病気も治すみたいだ。

 そういえば、あの日、偽の除霊を終えて菓子折りをもらって帰宅したが、中身は本当にただの菓子折りだった。もしかしたら謝礼が入っているのではと期待したが一銭も入っていなかった。そして、昼飯も結局出なかった。結局、帰りに煮干しラーメンで有名なお店に寄って食べたのが、そのラーメンもまずくて最悪な一日だった。

 唯一の救いは、あの女の子に彼氏ができて、今はその男の子と楽しい大学生活を送っているというメールを最近もらったことだ。それだけで俺はお腹が一杯だ。

 

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