やみつきジャパン!

若年性パーキンソン病と闘う札幌在住独身サラリーマンのショートショート小説公開ブログです。

何でもあり〼(マス)

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  シルバーウィークの初日、自宅で暇を持て余していた独身男の日向(ひなた)は、連休を読書で過ごすことにした。家から少し離れた大型本屋まで電車で出かけ、話題作を中心に色んなジャンルの小説を数冊ほど買い込んだ。本屋の名前が入ったビニール袋をぶらぶら揺らしながら、家に帰るため駅に向かって歩いているいる途中で、日向の電話が鳴る。

  携帯電話の画面を見ると、友人からのコンパのお誘いメールであった。今夜は特に予定らしい予定もなかったので、参加すると簡単にメールを返した。場所は今いる場所から近かったが、開始時間が6時間後であったため、一度、家に帰ってから戻るのも微妙な時間であった。

 とりあえず、日向は先ほど買ったばかりの小説を読んで時間をつぶすことにした。喫茶店を探すため、あたりを見回していると、変な看板が目に入る。

 『何でもあり〼(マス) 夢と希望以外は 満月堂』

 日向はこの変な看板に惹かれた。時間つぶしにちょうどよい。ひとつからかってやろう。そんなことを考えながら、日向は看板の指す場所へ向かってみた。

 路地裏を進んで見つけた変な看板の店は、木造建ての古民家だった。入り口には『満月堂』と小さな看板があり、ドアの横には『何でもあり〼 夢と希望以外は』と書かれた看板も貼り付けてあった。

「何でもあるとは、ずいぶん大げさなことを」

 日向は独り言をつぶやきながら、今にもドアの取っ手が外れそうな年期の入ったドアを引いて店の中へと入ると、アジアン雑貨の店内でかいだことのあるようなお香の匂いがした。歩くたびに木造の床がギィーギィーと音を立てる。店内は狭かったが、 通路を広めにとってあり、背の低い棚が縦に並べてあった。10歩も歩かずに店の奥のカウンターにつく程度の奥行きしかなく、カウンターにはこの店の店長とおぼしき黒く長い髪の女性が座っていた。

「あの~、入り口に『何でもあります』と書かれていたのですが、本当ですか?」

「ええ、何でもありますよ」

 この店の店長である雪江(ゆきえ)が淡々と答えた。

「コーラありますか?」

「はい、あちらに」

 雪江は右手でほおづえをしながら、左手で左を指さす。指先が指し示す方向にはレトロな二段式の冷蔵ショーケースが置いてあり、下の段には瓶コーラやオレンジジュースが入っていた。そして、なぜだか、上の段はペットボトルのスコール*1で埋め尽くされていた。

「なんでスコールだけ、こんなにあるんですか?」

「それ、私のお気に入りだから」

 そう言って雪江はカウンターの下から、ペットボトルのスコールを取り出し日向に見せる。

「なるほど」

 日向はうなずきながら店内を見回す。狭い雑貨屋だがお菓子など色々置いてある。これらのお菓子も彼女のお気に入りなのだろうと思いながら視線を壁にやると、『ネットショップあります! 倉庫から直送なので速くて安心!』と書かれていた手作りポスターを見つけた。たぶん、商品の在庫はこの店以外にもあるということなのだろう。確かにこれなら何でもありますと言える。

 雪江は日向のしてやられたという表情を見て、ニヤリと笑う。

 ここで引くと負けを認めたことになると思った日向に名案が浮かぶ。

「夏の思い出はありますか?」

 さすがにこれはないだろうと、日向は両腕を組んで雪江を見下ろす。

「ありますよ。色々。蝉の抜け殻に、かき氷のシロップ、湿気て使えないと思いますが線香花火も」

 雪江はほおづえをつきながら、日向をあざわらった表情で見上げる。

 日向も負けずに見下ろしながら、また質問をする。

「愛はありますか?」

「はい、これで」

 雪江は先ほど取り出したスコールを得意気に見せる。

「『愛のスコール』というやつですか?」

「そうそう、それ」

 その後も日向は難題を突きつけるが、雪江は屁理屈でのらりくらりと交わしていく。似たもの同士なのか、お互いに一歩も引き下がらず、問答が30分続いた。

 日向は何を言ってもうまく切り返してくる雪江に興味が出てきた。あらたまって雪江を見ると美人であることにも気がついた。そこで、ダメ元で日向は聞くことにした。

「僕とつきあってくれる女性はこのお店にいますか?」

「申し訳ございません。当店は表に書かれていた通り、夢や希望はおいてありません」

「デートだけでもいいんですが?」

「私、外に出られないんです」

 雪江は座ったままカウンターの後ろに下がり、90度回転してカウンターの横に出てきた。

 最初に黒いゴムタイヤが目に付いた。雪江は椅子に座っていたのではなく、車椅子に乗っていたのだ。膝上までの丈のショートパンツから膝は出ているが、膝から先にあるべき脚がなかった。大抵の男は雪江の脚を見てぎょっとし、何も言わずに立ち去る。もしくは、ありきたりの慰めの言葉をかけ、申し訳なさそうにその場を去って行く。

 雪江は、自らの不幸を分け与えることができるこの瞬間がたまらなく好きだった。

 例に漏れず、日向も目を見開いて、驚きの表情を見せた。

 彼は何か言うのだろうか? それとも黙って立ち去るのだろうか? 雪江は悪趣味な期待で胸を膨らませた。

 日向は左手を右肘に、右手を顎に当て何か考え始め出だした。

 考え込み始めた日向を見た雪江はこれは長くなるなと思い、車椅子を器用に回転させカウンターの前へ戻った。もう10分は経つだろうか。日向はう~んとうなったまま動かない。さすがに雪江もしびれをきらした。

「あの~、さっきから何を考え込んでいるんですか?」

 はっと驚いた顔して日向が我に返る。

「ああっ、ごめんなさい。デートコースを考えていたのもので」

「デートコース?」

 雪江は、日向が自分への慰めの言葉を考え込んでいたと思っていたため、意外な返答に驚く。

「車椅子でもバリアフリーな場所を選べば楽しめると思ったのですが、人目を嫌いますよね? そうなるとあまり人がこないところがいいかなと思ったのですが、そうなると今度は車椅子ではいけないし……」

「私、デートするとは一度も言っていないんですけど」

「そうだ! ここでデートなんてどうでしょうか? 営業時間が終わったら、このお店の中でお話しませんか? レンタルビデオ屋さんで借りた映画を一緒に見るのもいいかも」

「私の話、聞いています?」

「すいません。そうですよね。あなたの希望を聞いていませんでしたね」

「ですから、この店に希望はないんです。私は事故で脚を失ってからというもの、夢とか、希望とか、捨てましたんで」

 雪江はいらだちながら答える。

「それなら大丈夫です。俺があなたの夢や希望になりますから」

 いらだつ雪江に、日向は笑顔で答えた。

 

 翌年の秋、店に1枚の写真が飾られた。

 さらに翌年の秋、もう1枚の写真が店に飾られた。

 

 最初の写真には、車椅子に乗ったウエディングドレス姿の美しい花嫁とデレデレした花婿が写っており、『夢』というタイトルをつけて飾られ、もう1枚の写真には、生まれたて赤ん坊が写っており、『希望』というタイトルをつけて飾られた。

 2枚の写真が店にそろった日、看板から『夢と希望以外は』の文字が消され、店の中からは元気に泣く希望の声が響いた。

 

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*1:南日本酪農協同が1972年から販売しているヨーグルト風味の炭酸飲料。2015年からは南日本酪農協同の許諾により、日本コカ・コーラが発売開始。キャッチコピーは「愛のスコール」